天候の変動の経済学ー実証研究のトレンドと気候変動による経済ダメージの測定

第一回は経済学界の流れ、2回目は理論の話だったので、今回は実証側の話をタイムリーなトピックと絡めてしようと思います。筆者は北カリフォルニア在住なのですが、アメリカ西海岸では2020年8月中旬から1ヶ月ほど山火事が続き、2万平方メートル(おおよそ四国ぐらい)以上の土地が燃えたとのことです。山火事は毎年この時期になると西海岸の各地で発生するのですが、近年の山火事のペース、そのなかでも今年の発生数が突出していることがこちらの記事などでわかると思います。

カリフォルニア大学デイビス校周辺、火事による大気汚染で昼間でもこの色 (Photo credit: Lauren Hennelly)

気候変動による環境や経済へのダメージがすでに起こっているという事を実感させられる事例ですが、現在経済学界でもこの界隈の研究は進んでいます。今回は概要を掴むために山火事、という事例のみならず、気候変動全般が及ぼす影響、という点に注目し、”Dell, Jones, and Olken (2014): What Do We Learn from the Weather? The New Climate–Economy Literature”から面白いと思った点を引出していきます。(こちらからダウンロードできます。)このペーパーはかなり奥が深いので今回は最初半分の実証のアプローチ、及び大まかな文献のまとめにフォーカスしたいと思います。

概要:

この論文の趣旨は比較的短期間での天候変動の経済への影響をまとめ、それが全般的な気候変動が与える経済ダメージを考察する上での有用性についてである。

  • Section 2: メソッド。
    • (この手の研究量が多い理由は、端的にいえば因果関係をパネルデータに基づいて紐解きやすいから(”The primary advantage of this new literature is identifcaiton.”)だと思われる。)気候状況や長期の天候変動が文明経済活動に与える影響は大きいと思われる(例:ジャレッドダイアモンド)が、内生性の問題があるので天候と経済の直接的な因果関係を裏付けるのは難しい。
    • 例えば経済活動が天候(C) とその他(X)の影響を受けて y = f(C, X)によって求められるとする。CとXに相関性がある場合、全てのXを指定しない限りomitted variable biasの問題が生じるので、因果関係の裏付けは難しい。
    • 一方短期的な天候の変動はいわゆるplausibly exogenous(変動はおそらく外因的)なのでその他のXとの相関はないと仮定できる。そのためパネルデータを使って短期的に気温、降水量、風量などが、平均値から解離したときにいかに経済的なアウトカムに影響を及ぼすかが測れる。
    • 遅延変数を含むべきかは経済結果のデータ生成プロセスの仮定と関連してくる。
    • 平均値からの解離が経済結果に与える影響を、線的に捉えるか(1度解離するごとの影響がXYZドル)、あるいは比較的大きな解離(例:例年より5−10度以上高いと影響がXYZドル)が重要なのか。Deschênes and Greenstone (2011)のように関数形式を縛らず、ノンパラメトリックな方法がベストプラクティスだと思われる。
    • 逆に関数形式をあてはめたい時にはベースとなる生物的なメカニズムに基づいた方法もある(例:気温がX度以上上がると特定の地域に植えられている作物に壊滅的な影響を与える)。 -(データに関しては今回省きますが、個人的には衛星ベースのデータについて勉強したいので、今後のブログの記事でカバーするかもしれません。)
  • Section 3: 文献まとめ
    • 全般的な経済への影響は(断面的な分析には今回は突っ込まないとして)Dell, Jones, and Olken (2012)によると、1度の気温上昇は比較的貧しい国のGDPを1.4%下げる。遅延変数を含む検証を見ると、一回の天候の影響は持続的で、成長率への影響(つまり一時的なlevel effectではない)がある。Hsiang (2010)、Barrios, Bertinelli, and Strobl (2010)なども同様な結果を出している。(雨量の変化が経済に与える影響は繰り返し研究されており、雨量といえばIV変数の定番、半ばジョークになりつつある。)風速の影響はHsiang and Narita (2012) など。
    • (農作物への影響はそれ自体が大きな文献なので端折りますが、生物的な気温の限界値を使った研究が盛んだそうです。)
    • 労働効率、(労働へのインプットである)教育へのインパクトは高気温が生産性を低下させる研究が盛んである。快適な気温(25度ぐらい)から上に解離するのが悪影響であることを、コントロールされたラボの実験、実証実験、実証データから明かされている。
    • そのほかにも、工業、サービス産業への影響、健康への影響、紛争や政治安定、犯罪、暴力、貿易ネットワーク、など様々な分野への影響がまとめられている。(全てカバーしきれないので、詳しくはDell, Jones, and Olken (2014)をご覧ください。)
  • Section 4: 世界的な気候変動の影響の考察
    • 根本的な問題は、短期の気温変化を用いた経済影響の測定は、気候が長期的に経済に与える影響を反映していない点である。有名な例は長期マクロ経済の成長、及び政治経済システムの構造は気候や病原リスクに基づく植民地政策の解離によってもたらされたとAcemoglu, Johnson, and Robinson (2001)などは実証している。具体的なメカニズムとしては以下が考えられる。
    • 経済活動の長期的な気候変化に対する順応。
    • 環境悪化の加速化、既存のシステムがついていけなくなる。
    • 一般均衡。労働や資本が環境の変化により移動し、新たな均衡点に収まり、短期的な均衡の解とは異なる。
    • 短期的な影響の推定値から、中長期の影響への推定に活用するためのメソッドが今現在の学問的フロンティア。(この点についても今回のブログではカバーしきれないので今後のブログでカバーしていきたいと思います。)
    • 測定された経済影響は、Integrated Assessment Model(炭素排出が環境、経済に与える統合評価モデル)に組み込まれ、炭素排出の経済ダメージを計算する、そいて炭素排出に対しての適正な課税額の推定に貢献している。実証の見解は特にこのモデルの中でのダメージ測定をより正確に行えることに貢献しているので、この意味でも今後は中長期の影響の推定を極めていくことが大事である。(この点も深いので今後カバーします。)

コメント:

個人的に気温の変動の研究に興味があって、アイディアを軽く探る、ぐらいのテンションで読み始めたのですが、かなり深く掘り下げられている論文で正直全ての部分をうまくまとめられなかった。なぜ短期の気候の変動を利用した分析が進んでいるか、と言う比較的簡単な掴みから始まって、文献の網羅、中長期的な影響を推定するためのメソッド、Integrated Assessment Modelの具体的な説明、実証研究の貢献、などしっかり裾を(有為に)広げてあって、一度に読みきれない読み応えのある論文だった。かなりの部分を『今回は端折ります』で済ませてしまった感があるが、これらの点を今後のブログで掘り下げていきたい。今回の山火事と繋げると、大気汚染の与える影響についても経済学では最近研究がかなりされている。このテーマでの実証実験も途上国のコンテクストで考えているので、その件についても今後紹介していきたいまたIntegrated Assessment Modelは特に自分の研究対象ではないのだけれど、いかに個々の研究が学問の全体、あるいは政策決定に貢献できるか、というのを具体的に感じ取ることができたのもプラスだった。

最後に

今回も読んでいただき、ありがとうございました。浅く広くの投稿になりましたが、今後の展開において興味のある点、この記事の至らない点など、ばしばしフィードバックお待ちしています。

その他本ブログ記事に対するご感想や、本ブログ全体に関わるご意見などもありましたら、econ.blog.japan@gmail.comまでご連絡ください。

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中村昌太郎

コメント:

元橋:

今回の記事は、気候変動の影響を分析する際の手法や多様な応用場面が紹介されていて、気候変動の影響(適応の側面)について関心がある人にとっては、とても良いまとめです。

少し今後の研究の方向性についてコメントしたいと思います。Dell, Jones, and Olken (2012)でも整理されていますが、気候変動の影響は、Level effectとGrowth effectに分かれます。Level effectのケースでは、気温の農作物に対する影響の例のように、ある年に異常に暑いことで農作物がその年に大打撃を受けても、次の年に気温が元に戻っていれば、農作物の収穫高は通常レベルに戻ります。つまり、ある年の気温が、その後の結果に持続的に影響を及ぼさないわけです。

対して、Growth effectは、持続的な影響のことを指します。例えば、短期的な気温の変動(平均値からの乖離)が紛争を起こりやすくなると想定すると、その紛争(政治の不安定化)を通じて、紛争が起こった年のGDPだけではなく、その後の長期的な経済発展に影響があるかもしれません。

最近アメリカで参加した環境経済学のサマースクールでも触れられていましたが、今までLevel effectの研究は多いものの、Growth effectの研究は少ないようです。気温のGDPへのGrowth effectはDell, Jones, and Olken (2012)で検討されていますが、もっとミクロレベルのGrowth effectはより研究される余地がありそうです。最近例えば、気温が高いと、(おそらくその夜に寝苦しくなって)、次の日の入試の結果に悪影響があり、その後の学歴にも関わるという研究があると聞いたことがあります(不正確だったらすみません)。そのように、気温の短期的な変動が、人生の大事なイベントにどう影響して、ある人のその後の人生にどう長期的に影響を与えていくか、検討するのも面白そうです。もちろん、人の人生の話を、企業の長期的な業績や株価のパフォーマンスに置き換えても良いでしょう。何か良いアイディアがあれば、是非意見交換しましょう!

渋谷:

分析対象期間によって因果関係の証明手法が変わるのは面白いですよね。証明手法について考える時、物事が起こるタイミングについてしっかり考えるのはやっぱり大事ですね。

一般社会においての研究の重要性でいうと、やっぱり中長期の経済への影響にウェイトがかかります。因果関係を出すためにどんな手法が考えられているのかとても興味があるので、この論文(計88ページ!!)でブログシリーズにしてほしいです。w

最近、太平洋にある島国のキリバスが、政府主導で近隣のフィジーに土地を購入し自国民を移住させる計画をしていることを知り驚愕しました。 もちろん、理由は気候変動により文字通り国が消えてしまうから。気候変動 → 移住 →マクロ経済指標及び構造変化みたいな話も気になります。

鈴木:

個人的に興味深いなと思ったのは “The primary advantage of the new literature is identification.” という論文中での指摘。 私個人もいくつかの研究でこのような外生的な天候ショックを用いた識別戦略をとっていて、特に近年、同様の研究が多く出版されているように感じる(例えばここにある論文など)。 このことについて、「いい感じの外生ショック」を所与として、どのような問いを設定して、どのアウトカム変数を用いて、どのように意味のある研究を行うかを真剣に考える必要があり、「こんな外生ショックを使ってこんな効果を推定しました」で終わってしまう研究が増えないといいなと思った(これは自戒をこめてのコメントでもある)。

例えばPark (2020)は試験日の気温が試験の点数に与える影響を推定している。 気温という受験者の能力と関係のない要因が試験結果に影響を与えていることから、「試験が受験者の学力を正確に測る機能を果たしていない可能性」を指摘している。 これはどのように受験をデザインするのか、異なる試験場での受験者間で不平等が生じないか、それが長期的な社会経済的な不平等につながらないか、などの論点に示唆を与えるという点で重要な研究であると思う。

もう一点、やや論文の趣旨からそれてしまうが、「分析でどのような天候ショックを使うか」も少し面白い論点だと個人的に思う。 例えばMunshi (2003)は年間降水量をそのまま雨量ショックとして用いているが、Shah and Steinberg (2017) は「長期的な雨量の分布の80パーセンタイル以上、あるいは20パーセンタイル以下」という基準で雨量ショックを定義している。 どの変数を使うべきなのかは文脈(国、地域、アウトカム変数など)によって異なるだろうが、なんだか著者の恣意性が多分に紛れ込んでいる気がしてならない(単なる勘ぐりではあるが)。 p-hackingの問題への対処として機械学習を用いることの可能性は Athey (2019)などで指摘されているが、こういった方向性での分析手法の改善が必要なのかもしれない。

文献:

Acemoglu, Daron, Simon Johnson, and James A. Robinson. “The colonial origins of comparative development: An empirical investigation.” American Economic Review 91.5 (2001): 1369-1401.

Barrios, Salvador, Luisito Bertinelli, and Eric Strobl. “Trends in rainfall and economic growth in Africa: A neglected cause of the African growth tragedy.” The Review of Economics and Statistics 92.2 (2010): 350-366.

Deschênes, Olivier, and Michael Greenstone. “Climate change, mortality, and adaptation: Evidence from annual fluctuations in weather in the US.” American Economic Journal: Applied Economics 3.4 (2011): 152-85.

Dell, Melissa, Benjamin F. Jones, and Benjamin A. Olken. “Temperature shocks and economic growth: Evidence from the last half century.” American Economic Journal: Macroeconomics 4.3 (2012): 66-95.

Dell, Melissa, Benjamin F. Jones, and Benjamin A. Olken. “What do we learn from the weather? The new climate-economy literature.” Journal of Economic Literature 52.3 (2014): 740-98.

Diamond, Jared. Guns, germs and steel: a short history of everybody for the last 13,000 years. Random House, 2013.

Hsiang, Solomon M. “Temperatures and cyclones strongly associated with economic production in the Caribbean and Central America.” Proceedings of the National Academy of sciences 107.35 (2010): 15367-15372.

Written on September 28, 2020