再生可能資源の経済学:モアイ像で有名なイースター島の文明崩壊を説明

今日は、UBCのBranderさんとカルガリー大のTaylorさん(以下BT)のAER論文”The Simple Economics of Easter Island: A Ricardo-Malthus Model of Renewable Resource Use”について話したいと思います。 論文はこちらからダウンロードできます。

一昔前の論文で渋いチョイスかもしれませんが、環境経済学の理論の論文の中でお気に入りの論文なので、取り上げてみました。

概要:

本論文は、環境経済学の中で、再生可能資源(Renewable resources)に関わるテーマを扱う(最近は少し下火のテーマかも)。。再生可能資源とは、森林や魚など、収穫(Harvest)しても自然に増えていく資源である。反対に、非再生可能資源である石油などは、収穫するとその分資源の量が減っていく。

BTは本論文で、再生可能資源のダイナミクスと、マルサス的な人口のダイナミクスを組み合わせることで、イースター島(モアイ像で有名な島!!)で、なぜ人口が爆発的に増加した後、その後文明の崩壊に至ったのか、明らかにする。

本論文は、理論構築パートと、それをイースター島の事例に当てはめてシミュレーションするパートに分かれる。まずは理論のエッセンスを簡単に説明する。

  • 再生可能資源ダイナミクス
    • 資源の自然成長率 (Natural growth rate)Gは、内的成長率(Instrinsic growth rate)rと、現状のストックSと、環境収容力(Carry capacity)Kで規定される。
    • 内的成長率rは自然に資源が成長していくスピード。例:木が育っていくスピード
    • 環境収容力Kは資源の最大量。例:ある島での木の最大量(面積などから制限があると考えれば良い)
    • 資源のストックの変化は、自然成長率Gから収穫率(Harvest rate)Hを引いたものである。例えば、木の変化は、木の成長率から木の伐採率を引いたもの、という単純なロジックである。
  • リカード的生産関数(Ricardian production function)
    • 収穫率Hがどう決まるかというと、労働力L(人口に対応)、労働生産性α、収穫する材に対する選好β(他の材に比べてどれほど収穫材が好きか)、収穫材のストックSに基づく。
    • ストックSが多いとその分収穫しやすい。木の例を挙げれば、木を伐採する労働力や、その伐採の生産性が高いなら、伐採量(収穫率)が上がる。
  • マルサス的人口ダイナミクス
    • 人口増加率は、現状の人口(労働力に対応)と自然増加率(自然出生率から自然死亡率を引いたもの)に加えて、収穫率のHに依存する。
    • 収穫率Hが多いと、その資源を使って多くの人が生活できるようになるので、人口増加率が上昇する。ここで収穫率と人口増加率に紐付けたところがBTの大きな貢献である。

上記の大きく3パートから成る理論を設定した後、イースター島のヤシの木(パームツリー)の事例に当てはめた。ヤシの木は漁業目的のカヌー、薪や日用品の材料となっていて、重要な資源だった。BTは、ヤシの木を資源とした際に、イースター島で人口や資源ストックがどう時間とともに動的に変化していくのか、シミュレーションした。

シミュレーションするためには、モデル内のパラメーターを設定する必要があるが、その中で最も重要とされたのは内的成長率rである。イースター島が他のポリネシアの島と比べて特徴的だったのは、ヤシの木の成長スピードがとても遅かったことである。10年で4%ほど(r=0.04)しか成長しないタイプのヤシの木であった。他方、他の島で見られるタイプのヤシの木は10年で35%成長する(r=0.35)と想定されている。

イースター島のようにr=0.04の下では、以下の図のように、資源を使って人口が急激に増えた後、資源のストックの減少とともに、人口が減っていく様子が観察される。

「イースター島

他方、他の諸島のケースの場合としてrだけを増加させてr=0.35とすると、以下の図のように、人口の乱高下はない。資源を使いつつ人口が増えていくとしても、あるレベルに収束していく形になっている。

「他の諸島

グッドポイントその1:シンプルなモデルの良さ

私が本BT論文が好きなのは、十分にモデルをシンプルにすることで、Intuitionが理解しやすいペーパーになっていることである。実際の論文では数式は少し入り組むものの、モデルの構成要素は明確になっていて分かりやすい。上記で数式なしでモデルを要約することが容易だったことにも表れている。

そして、内的成長率rだけを変えるだけで、これだけ仮説通りに結果が変わり得ることに感銘を受けた。モデルを複雑にしすぎると結果へのパスが分かりにくくなると思うが、このようなシンプルなモデルではパスが容易に理解しやすい。

もちろんモデルをシンプルにするとツッコミどころが増えるが、Seminal paperの位置付けだとしたら、精緻化はその後の研究に任せるという発想もありだろう。まだ研究がなされていないところで、シンプルでも新たな理論を提案することで、その後の研究にも影響を与えるというのはかっこよいなぁと思った。

なお、今回のBTの貢献は、再生可能資源ダイナミクスとマルサス的人口ダイナミクスを組み合わせたところ。組み合わせることで新しさを出す手法は色々なところで使えそうですね。

グッドポイントその2:素晴らしい結果の図

モデルのシンプルさとも関わるが、上記で紹介された図はとても説得的だった。良い図を見せることは大事ですね。

実証研究だと、例えば、DIDをするときに、良いEvent studyの図を出したり、Pre-trendを比較する図で良いものが多い。今後、良い図を紹介していく企画があると面白いかもしれない!

グッドポイントその3:イースター島の歴史に理論を適用するロマン

イースター島の歴史の謎に迫るところにワクワクした。イースター島の文明崩壊には諸説がある中で、定量的な形で一つの仮説を提示したことになる。その際に、しっかりと歴史を説明した上で、ヤシの木の成長スピードという点に着目した点に感銘を受けた。

ただ、本論文の示唆がどれほど他の場面に通用するのかは微妙なところである。今回の結果は、孤立した貿易のない島であること、技術進歩がないことなどを前提としている。そのような場所は世界中で少ない。しかし、貿易や技術進歩等があることを想定したとしても、本論文のダイナミクスも全て関係なくなることは無いと思う。また、地球全体を一つの島と見立てると、マクロに見て本論文の示唆が大事になるかもしれない。

最後の一言

今回も読んでいただき、ありがとうございました。少しマニアックな論文の紹介となったかと思いますが、楽しんでいただけましたら幸いです!

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元橋一輝

コメント

鈴木:

この論文では資源の再生・収穫と人工増加との動的な関係を一般的な形でモデル化し、それがイースター島の人口動態を説明できることを示している。 元橋さんが書いているように「資源の収穫と人工の増加率」との関係がモデルの鍵となっていて、take-home message は「資源の収穫→人口増加&資源枯渇→人口減少というサイクルが起こりうる」ということかなと思う。 なので、この論文は「イースター島で起きたことを説明するモデルを提示する」ものではなく、イースター島の事例は「モデルが実際に起こった、かつ重要な出来事に対する説明力を持つ」ことを示すために用いられている。

一歩引いて考えると、「そのモデルが現実の出来事をどれくらい説明できるのか」「その出来事が社会・経済的にとってどれほど重要なのか」を考えてモデルを作ることが大事で、この姿勢はもちろん実証研究にもあてはまるなと思う。 あるIOの大御所は、学生の研究発表でいつも「これは何億ドルの規模の産業なんだ?」という質問をしていたそうだ。 もちろん金額でみた規模だけが社会経済にとっての重要性を示しているわけではないが、この「重要な問いに答える」というのは、当たり前だが大事な姿勢だなとふんわり思った。 前回の記事で紹介されたAkerlof (2020)がわざわざ「研究のHardnessとImportanceのトレードオフ」について議論しているのも、この「重要な問いに答える」という姿勢が欠けがちだと彼が考えているからなのかもしれない。

モデルそのものはシンプルだが、いろいろな方向への拡張がありうる(貿易、技術進歩、制度変化など)。 さらに、論文の結論の節で議論されているが、利用可能な資源の枯渇は人々の間での緊張を高め、紛争・戦争の火種にもなりうる。 ここでは、ルワンダでの大虐殺の起こった背景に耕作可能農地の減少があったことが指摘されている。 このように「資源と人口」を超えた様々な領域へのインプリケーションがある点も面白いと思った。 このモデルがその後の研究でどう使われているか、どう拡張されているかも気になるところではある。

渋谷:

人口変化と資源成長率の関係をとても簡潔に書いた面白いモデルですね。且つ、元橋さんが書いているように、「お話」訴えてくる図はシンプルなモデルならではの強みですね。自分の研究のなかでこんな図が出てきたら本当に嬉しいですね。笑

ちょっと細かいですが、私は収穫する材に対する選好パラメターであるβに興味を持ちました。 モデルの中では、この「収穫する資源に対する選好」は外生要因且つ一定値として扱われていますが、現実世界では内生的に決められるものと思うからです。

少し乱暴な例ですが、例えば、サンマが取れづらくなるにつれ消費者のサンマに対する選好は変わる可能性があります。 サンマ収穫量が選好を影響するチャンネルは価格以外にも、消費者の意識の変化、鈴木さんが書いているように技術進歩(養殖)等が考えられます。著者の用いるイースター島の世界でいうと、住民が椰子の木が少なくなってきている事を知りつつ、椰子の木に対する選好を変えないとは考えにくいと感じます。少し偉そうですが、個人的にはこのモデルではβが一番非現実的な要素かなと思います。

中村:

このペーパーでまず面白いと思ったのは元橋さんのグッドポイントその3。古代文明の崩壊の謎を単純かつ完結した経済理論でうまく説明できていると感じたし、椰子の木の成長率のパラメターを変えるだけで全く違ったパターンの人口推移や定常状態に繋がっていくという論点は引き付けられる。このペーパーで展開されている論点は、ジャレッドダイアモンドの銃・病原菌・鉄(原題:Guns, Germs and Steel)とも共通点が多いし、強いて言えばダイアモンドのジャーナリスティックなストーリーに経済学理論を当てはめた良い例なのでは。ダイアモンドも様々なポリネシア文明の興隆、衰退を辿っていたし、たどり着いた先の環境がその後の社会構成に及ぼす影響などをうまくまとめていたと思う。実証マクロの解析で、他のいろいろな自然環境の違いなどのパラメータを含めて、いかに環境がその後の社会経済への影響を及ぼすか、などの研究があったら是非読んでみたい(知っている人いたら教えて下さい)。

逆にツッコミたいと思った点は元橋さんグッドポイント1のなかでいっているモデルのシンプルさ、というよりもこのお話が特殊な歴史的環境へ特化しているのではないかという点。特に思ったのは、このペーパーで説明されているパターンは資源に所有権があったら起こらないのではということ。資源の乱獲乱用が起こるという設定がベースのいわゆるコモンズの悲劇を引き起こす環境ならではの話だと思うし、(もちろん現代にも共有地の問題や所有権の不明確さは途上国などでは特に大事なのだけれど)マルサス的なダイナミクスがどの範囲まで現代の経済問題に当てはまるのかはよくわからない。

所有権利が明確な中での資源管理の理論としては、思い浮かぶところでは非再生資源におけるHotelling’s Ruleがある(ホテリングの立地問題の方ではなく、別の物)。正直被再生資源にはホテリング、再生資源はBT、という分け方ではなくて、所有権利が明確か否かの設定の方が大事なのでは、と自分の浅い理解の元で思った。こちらの方では所有権がはっきりしている場合には、所有者がより高く売れるタイミングで資源を採集して売りたい、というインセンティブが働くので、最終的に利益が市場の利率と均衡するレートで資源が採掘され、結果枯渇はしない、という考え。(石油資源は完全には枯渇されないだろう、というのもこの理論に基づく見解。)こちらのリンクも参考になるかも。

資源管理を行っていくなかでどのパラメータや仮定が大事で、いかに動的メカニズムを理解するのが難しいか、を考えることができて面白かったです!

文献:

Brander, J. A., & Taylor, M. S. (1998). The simple economics of Easter Island: A Ricardo-Malthus model of renewable resource use. American Economic Review, 119-138.

Written on September 21, 2020