Alsan (2015): The Effect of the TseTse Fly on African Development

このブログの2月のテーマは「感染症、疫病」です(え、もう3月じゃんって?聞こえません)。 というわけで、今回は眠り病を媒介するツェツェバエがアフリカの発展にどのような影響を与えたかを研究した Alsan (2015)を紹介します。 ちなみに、私のお気に入りのYouTubeのチャンネル DeepLook にツェツェバエの動画があります(虫が苦手な方は無視してください)。

超余談ですが、「ツェ」ってキーボードでどう打てばいいんだろうって思いません? 私ははじめ「T U X E」で入力していたのですが、どうも「T S E」でいいみたいです。 まさにTseTse Fly の「Tse」ですね。

概要

この論文の主題は「経済発展の根源はなにか」を探ることです。 このテーマでおそらく最も有名な論文はAcemoglu, Johnson, and Robinson (2001)でしょう。 彼らは植民地時代にどのような制度が採用されたかが経済発展に長期的な影響を与えたことを実証しました。 他方、Alsan (2015)ではさらに植民地時代以前までさかのぼり、アフリカの経済発展の遅れの根源的な要因を突き止めることを試みています。 その要因の一つとしてこの論文で研究されるのがツェツェバエです。

では、どのようにしてツェツェバエが経済発展に影響を与えるのでしょうか。 主な影響は「牛や馬などの家畜に眠り病を感染させる」ことを通じて、以下のように現れます:

  • 農業生産性への影響: 農業の機械化以前には役畜は農業生産において主要な役割を果たしていました。さらに、家畜の糞尿は肥料としても用いられ、農業生産性を高めます。家畜への眠り病の感染があることで、農業の生産性が低下することが考えられます。
  • 文化への影響: 役畜の生産性が高い場合には奴隷の仕事が役畜にとってかわるため、奴隷制が衰退する可能性があると論じられています。
  • 生活様式への影響: 家畜が眠り病により死んでしまうのであれば、人々は役畜に頼る農業ではなく狩猟・採集に依存した生活を続ける可能性があります。
  • 政治形態への影響: 農業を主体とした生活ではなく狩猟・採集を基盤にした生活が選択されたとすると、人々は定住をするのではなく移住を繰り返し、また各集団は大きな集団へとかたまるのではなくそれぞれが別個に生活をすることになるでしょう。このことが後の政治的な中央集権化を阻害した可能性があると筆者は述べています。

これらをもとにAlsanは、ツェツェバエが植民地時代以前の経済発展に関わる様々な変数にどのような影響を与えたのかを明らかにしようと試みます。

データと識別戦略

この影響を推定するとき、まず問題になるのは「左辺の変数、つまり植民地時代以前の経済発展に関わる変数をどうやって手に入れるか」と「右辺の変数、つまり植民地時代以前のツェツェバエに関する情報をどうやって手に入れるか」です。 さらに、右辺の変数については、単に「植民地時代以前のツェツェバエの数」のデータでは因果推論を行う上で不十分です。 なぜなら、ツェツェバエの数は経済発展の度合いや政治制度に依存すると考えられるからです(逆因果)。 では、Alsanはどのようにこれらのデータの問題を克服したのでしょうか。

まず左辺の変数については、 Ethnographic Atlas というデータベースを使い情報を集めています。 このデータベースには世界中の民族(ethnic group)の植民地時代以前の情報が記録されています。 この情報を、Murdock’s Tribal Map of African Ethnicities というアフリカの民族とその生活圏とを結びつけるデータと合わせることで、「ある場所にいたある民族の植民地時代以前の情報」を得ています。

さらに右辺の変数については、ツェツェバエの「数」ではなく、ツェツェバエの”人口”成長モデルを用いて、「定常状態でどのくらいのツェツェバエがいると予測されるか」を計算し、その予測値を分析に用います。 具体的には、先行研究から得たツェツェバエの出生率、死亡率と気温、湿度との関係を用いて、「当時の気温、湿度がこれくらいだったとすると、定常状態ではこれくらいのツェツェバエがいたことになるね」という風に計算をします。 実際には植民地時代以前の天候データを得ることは困難なので、手元のデータで最も古い1871年のデータを用いて、「この民族がいたこの地域ではツェツェバエがこれくらいいたと予測されるね」という数字を出します。 実証分析では、この予測値を外生変数として、様々な変数へのツェツェバエの影響を見ていきます。

この予測値を使うことには2つの利点があります。 一つは、「実際のツェツェバエの数」という入手困難なデータを用いなくてもいい点です。 二つ目は、天候という外生的な情報から予測値を作っているため、上で述べた内生性の問題を開府することができる点です。 欠点としては、この予測値は簡単に言えば「気温と湿度の複雑な組み合わせでできた変数」なので、この予測値がなにかに影響を与えていたとして、「それって単に天候の影響なんじゃないの?」という懸念があることです。 Alsanはこの懸念への対応として、回帰式に気温、湿度、それらの交差項も含めて分析を行う(こうすることで、これらの単純な天候変数では説明できない、より複雑な関係(例えばツェツェバエと介した関係)があるという議論がより説得的になる)、さらにアフリカ以外のツェツェバエのいない場所で同じような予測値を作って分析を行うなどをしています。

分析結果

分析の結果、ツェツェバエが多かったと予測される地域の民族は

  • 大型家畜を飼う確率が低い
  • 集約的な農業を行う確率が低い
  • 人口密度が低い
  • 奴隷として扱われる確率が高い
  • 政治の政治の集権性が低い

などのことが発見されました。 これらは上でみたメカニズムと整合的で、また植民地時代以前の経済的、政治的な発展にツェツェバエが一定の役割を果たしたことを示唆しています。 また、現在の夜間光データを使った分析で、植民地時代以前のツェツェバエの数の予測値が高かった地域では現在の夜間光が弱い、つまり経済発展の度合いが低いことも示されています。 このことは、ツェツェバエがかつての政治制度に影響を与え、またこの制度が長期にわたり経済発展に影響を与えることを意味しています。

感想・コメント

まず問題設定が面白いということに加え、データの作成がクレバーな面白い論文だなと思います。 似たように「予測値を使って内生性を回避」という戦略はAcemoglu and Johnson (2007)でもとられています。 今回の論文で言えば「でもそれって予測値をつくるためにつかった外生変数が効いてるだけなんじゃないの?」という批判がありえましたが、そこもうまく対処されていたように思います。

なんだか論文のどこかで言及されていたような気がしたのですが今読み返してみても見つからないので言ってしまうと、社会的に成熟した集団がツェツェバエの増えにくい場所に居を移し生活を営んでいた可能性はあるなと思いました。 この場合、得られた結果は「ツェツェバエ→経済発展の遅れ」ではなく「経済発展の遅れ→ツェツェバエ」を意味することになります。

最後に、天候データから作ったツェツェバエの数の予測値がアフリカ以外(ツェツェバエがいない)ではアウトカムに影響を与えないことを示した分析で、この予測値がアフリカとアフリカ以外でどの程度オーバーラップしているのか気になりました。 「アフリカ以外」が具体的にどのような地域を指しているかがわからないのと、もしこの予測値にオーバーラップがないとすると、得られた結果は単に「この予測値の影響には非線形性がある」、ひいては「天候の影響は複雑な非線形だね」ということを意味しているとも言えます。 すくなくともこの予測値の分布やどの地域を用いて分析を行ったかは見てみたいなと思いました。

最後の一言

今回も最後まで読んでくださってありがとうございます!

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ありがとうございました。

鈴木

コメント

渋谷

ツェツェバエのことについて何も知らなかったのですごく勉強になりました!そして英語ではなぜか「ツゥティフライ」と発音するようで、なんか可愛いですね。

ツェツェバエの人口成長予測データの利用もとても面白く、話の流れもわからなくもないのですが、一つ疑問が。 ツェツェバエと経済成長の関係は、必ずしも「ツェツェバエ → 成長」ではなく「畜産に対する害 → 成長」かなと思います。 そうだとすると、ツェツェバエはアフリカで多く繁殖する害虫かもしれませんが、他大陸にも畜産業へ大きな被害を及ぼす害虫がいると思うのですが、なぜアフリカのツェツェバエが特別なのか、或いは、他地域に比べてなぜ害虫がアフリカの経済発展に多大な影響を与えたのかわかると、いいかなと思います。そうでないと、著者の意図である「__アフリカ__の経済発展の遅れの根源的な要因」を突き止めることにはならないのかなと思いました。

中村

私もこのペーパー好きです!鈴木さんが仰ったように主題は「経済発展の根源はなにか」ですが、あえてもう一つ掘り下げる(あるいは言い換える)としたら、「(自然)環境が経済発展に与える影響は何か」、かつ「どのようなメカニズムを仲介して起こるか」なのかなと思います。Environment vs. Institutionsの経済発展の根源のディベートとも絡んでくると思うのですが、「まあ恐らく両方大事で、病原菌とか環境的な外因は大事だけど、恐らくなんらかの社会的なメカニズムを経由して経済インパクト与えているよね」っていう両者に配慮しながらもやんわりInstitutionの方を推してる感じはします(笑)。

でも結局メカニズムのところは「影響を受けた地域に住んでる人たちはなんとなくこう言う風習や社会的傾向があるよ」ぐらいにまとまっている感じはするので(多分データの問題?)、やっぱりこう言う文化形成とか社会システムに関する研究って難しそうだなーと思います。実証経済の限度をちょっと感じるし、人類学者や社会学者とのシナジーってこの様なところであるのだろうなと。

元橋

ツェツェバエのペーパー、名前がインパクトあって聞いたことはあったのですが、今回初めて読んでとても面白かったです。ツェツェバエに着目したのも予測モデルを採用したのも素晴らしいと思うとともに、なぜそのようなこと思いつくのかなぁと思ったら、経済学PhD前にMDも取得している方なのですね。感染症に元々詳しい方なのかもしれません。

予測モデルを使うことで、外生的な変数にしたのは面白いアプローチだと思いました。天候の変数をControlに入れたら、それでツェツェ固有の影響がなくなってしまうのではないかと思ったのですが、予測モデルが複雑で非線形だからこそ大丈夫だったのかなと理解しました。

文献:

Acemoglu, Daron, and Simon Johnson. “Disease and development: the effect of life expectancy on economic growth.” Journal of political Economy 115.6 (2007): 925-985.

Acemoglu, Daron, Simon Johnson, and James A. Robinson. “The colonial origins of comparative development: An empirical investigation.” American economic review 91.5 (2001): 1369-1401.

Alsan, Marcella. 2015. “The Effect of the TseTse Fly on African Development.” American Economic Review, 105 (1): 382-410.

Written on March 31, 2021