Milkman et al. のワクチン摂取を促すナッジの話

皆さんこんにちは。先日の記事ではコロナウイルスワクチン忌避について考え、関係性のある文献という点から医療制度に対する不信の起源の研究を紹介しました。日本におけるコロナウイルスワクチン忌避率は国立精神神経医療研究センターの最新のインターネット調査では11%ほどと推定されています。また忌避以外にもワクチン接種意欲はあるのだけれども不便であったりその他の(供給以外の)制約があったりする場合、介入無しでは集団免疫と呼ばれるような社会的に十分なワクチン接種率にたどり着かない可能性も想定されます。

したがって今回の記事は「コロナワクチン接種をしない、あるいは躊躇する理由が色々ある中、いかに接種を促すか」という点について考えていきたいと思います。正の外部性がある行為の推奨という点では行動経済学の中では「ナッジ」の実証研究が進んでいますし、必然的に政策や研究の焦点になると思うので、今回は先行研究のMilkman et al. (2021)を紹介します。インフルエンザワクチン摂取における様々な(19種類の)ナッジの効用を実験により測定したものです。こちらからアクセスできます。

Milkmanさんはペンシルバニア大学経営大学院の行動心理学者で、習慣(の改善)、ナッジ、寄付などについて研究されている方で、「et al.」にはDavid LaibsonさんやDean Karlanさんなどの有名な行動経済学者も含まれています。話が逸れますが、Milkmanさんが生活習慣の改善で推しているルールで個人的に面白いと思うのがTemptation bundlingという、「やらなければいけない億劫なことと瞬時に報酬が得られる行為を合体させると取り組み易い」というメカニズムです。例えばジムに行って嫌いな運動をしないといけない場合、そこに好きなテレビの録画を持ち込んでトレッドミルの上で見るというルールを作るとジムに行くのが楽しみになるという感じでしょうか。費用と報酬を心理的な制約や外性的なルールによって上手くまとめて既存の心理的バイアスを克服する、みたいな心理学の知見はすごく面白いと思いますし、心理学的な構造と経済学の理論を合同させる行動経済学の醍醐味なのかと勝手に思っています。

概要

多くの人々は救命効果のあるワクチンを進んで接種しない。ワクチン接種はコロナ禍でより社会的に重要な問題となり得るので、それを促す介入に対する知見を深めるのが本研究の目的。(恐らく介入期間にコロナワクチン の提供がまだ進んでいなかったので)インフルエンザワクチン接種を促す内容のテキストメッセージを携帯端末向けに送信し、それが接種に与えるインパクトを測定。被験者はアメリカ、ペンシルベニア州の保健システムに属する人々で、介入における変数はテキストメッセージの内容、頻度であった。

(統計的にヘビーかも知れないので、注釈をカッコに閉じて散りばめています)

結果

介入がなかった場合は、対照群において41%が予定されていた日か3日前までにワクチンを接種した。介入群においては19群中6つの処理群で統計的に優位な(個々の帰無仮説が否定できる)接種率の向上が見受けられた。19群の平均処理効果は2.1ポイントと測定されたが、「これら19群の本来の処理効果は皆同じである」という帰無仮説の否定はできなかった。(注釈:介入は効果があったという統計的証拠があるが、具体的にどのメッセージが他の介入群と比較して良かったのか、というところの統計的確証はない。)

複数の仮説を検討しているため、それに対する調整もされている。

  • False discovery rateを調整するq値を測定した結果、先に個々の皆無仮説が否定できた処理群のq値が全て0.02以下であった。すなわち検知された6つ目に大きい処理効果が過誤の棄却である可能性は2%以下である。
  • この分析で見られた処理が全て皆無である可能性は0.0055以下である。

(注釈:複数の仮説を検討すると時々偽陽性があるけど、「どれかの介入は少なくとも効果があった」ということに関しては偽陽性ではないよ。)

今回測定された効果が一番大きかった処理群のメッセージは、接種予定の72時間前に「インフルエンザの流行期である」、「インフルエンザワクチンの摂取が可能(Available)である」、そして24時間前に「あなた用のワクチンが取ってある」、というリマインドであった。(注釈:でもこれは測定値の大きさの話であって、そこに他の介入群と比べての統計的優位はない)

年齢、性別などの人口構成や過去の接種や受診などのファクターは介入効果幅を大きく作用させるという見解は得られなかった。人種による若干の違いは見受けられた。

効果のあるメッセージの属性を検証:

19のメッセージの属性を別途のオンライン被験者によって17科目においてレーティングしてもらい、そのデータをPrincipal component analysisによって2つのコンポーネントに絞り込んだ。それらはIncongruence(メッセージが保健機関から送られるようなものか)とReserved reminders(“あなたの”ワクチン保管、予約に関するリマインダー)であった。これらのコンポーネントは介入の効果幅と相関していた。ただ、この検証はインパクトサイズのデータを介入群レベルの集合体データ(つまりサンプルサイズは19)で行われている。

(注釈:介入群がたくさんあるので、メッセージ内のどの要素が効果があったかを検証したい。したがってメッセージの属性をグルーピングして、そのグループとインパクトの大きさとの相関を測ったら、「メッセージが保健機関から送られるようなものか」と「“あなたの”ワクチン保管、予約に関するリマインダー」が重要なのではないかという知見を得た。)

コメント

政策的プライオリティーが非常に高い研究であるのは明白。複数の仮説検証の調整もされているため、少なくとも介入群の中の「何か」の要素が正の効用をもたらしたのは統計的偶然以上であることがわかる。著名な行動学者にナッジ介入メッセージのアイディアを募ってそれを一斉大規模に調査するのは効率が良いし、複数の介入方法の比較においてもその他の外性要因をコントロールすることで可能になるのではとおもわれる。

しかし19のメッセージの比較的な成功要因の分析においては正直疑問が残る点が多い。分析結果からわかる点で明白なのは、上にも書いたように「研究者らが集まって考えた介入の方法は、少なくともランダム以上の確率で効果をもたらす」という点であると思う。それ以上の「具体的にこの要素が効果を表した」という点についての証拠要素は低い。なぜかというと、「19群の処理効果は皆同じである、という帰無仮説の否定はできなかった」から。統計的なノイズが大きいのか、そもそものインパクトの幅が小さいから具体的なコンポーネントの抽出が難しいのかもしれない。比較的大きいサンプルがあるにも関わらず多数の介入群に分けられたため、統計的なパワーが相殺されている感じも否めない。

その上にさらに疑問なのが、なぜメッセージの要素レベルの分析を介入群レベルの集合体データで行い、そこにPrincipal component analysisを使用したのか、という点。被検者レベルのデータを使いランダムアサインメント、分析をメッセージの要素レベルで行えたはず。例えば最初のメッセージにおいても介入以前にタイプ別にグループ分けし、リマインダーのタイミングなども別の変数として回帰分析に入れられるはず。筆者らも要素レベルの分析は事前登録したものではないと言及している。さらにそこにPrincipal component analysisで得られたコンポーネントを変数として使うと、どうしても「このコンポーネントはこんな潜在的なファクターを捉えているのだと思う」という後付けの解釈が必要になり、結果として客観的な検証が難しい。恐らくもう少し介入群の数を減らして要素レベルの分析を事前登録して行う検証をした方が良かったと(勝手ながら)思う。

さらに、恐らく現実的な制約も絡み難しいのだとは思うのだけれど、ナッジがコロナウイルス ワクチン接種のコンテクストにおいての心理的要因や忌避に対する信念などへの効用の測定ができると良かったと思う。例えば介入以前にアンケートや調査でワクチンを受けないかもしれない理由(例:めんどくささ、副作用への心配、利他主義)などを個人レベルで測定し、それらのファクターと介入効果の相関を図れると面白い。もしそれが出来ればこの介入結果の外的妥当性やコロナウイルス ワクチンに対する適応性が推測しやすい。実際にコロナウイルスワクチン忌避の理由などについてはサーベイで収集されてきているわけだし、「Aの非接種の理由に対してはこのナッジが効くと思うけれども、Bの理由に対しては効かない」という知見も今後の研究で得られると良い。

最後の一言

今回も最後まで読んでくださってありがとうございます! 本ブログ記事に対するご感想や、本ブログ全体に関わるご意見などがあれば、econ.blog.japan@gmail.comまでご連絡ください! Twitterでの本ブログのコメント・拡散も歓迎です。その際は、#econjapanblogをお使いください。 ありがとうございました。

中村

コメント

渋谷

とても新しい論文の紹介ありがとうございます!これだけ社会に影響を与えているのに、コロナ系の論文は全然読んでいないので助かります!笑

一点思ったことが有ります。論文の大きな趣旨はコロナウィルスのワクチン接種率を上げるには何が出来るかインフルエンザワクチン接種率に関する実験から学ぶだと思います。ただ、今回のサンプルは「元々病院に行きたい人」です。私の勘ですが、コロナウィルスワクチンの接種における問題は、「病院に行く必要のない人」及び「なんだかの理由(経済的等)で病院に行かない人」にどうやってワクチンを打ってもらうかが一番大きな課題なのかなと思います。「元々病院に行きたい人」は、そもそも健康上に問題があるため、「病院に行く必要のない・行きたくない人」に比べてワクチンを打つことに対して意欲的な可能性があります。この介入をその様な人々の間で行った場合どの様な効果があるか気になる所です。

鈴木

とてもおもしろい論文でした! 19も介入があると個々の介入効果の検定力が低くなりそうだなとまず思いましたが、サンプルサイズが47,306と大きいので問題ないのかなと思います。 (タイトルにも “megastudy” とついていますね。)

実験が行われたのが2020年の秋というコロナ禍の真っ最中で、そのような状況でのインフルエンザのワクチンへのナッジが、コロナのウイルス接種へのナッジとしてどれくらい効果があるかは疑問に思いました。 例えば、外出するのもやや憚られるような状況で、それでもインフルエンザのワクチンを受けたいという人と、コロナのワクチンを打ちたいと考える人とはかなり違ってくるかなと思います。 とはいうものの、この研究で効果があったとされる介入はけっこうどんな人にも効果がありそうなもので、あんまりこういう違いは問題にならないのかなともふと思いました。 (書いてから思ったのですが、渋谷さんのコメントとかなり被ってますね、すみません…) ちなみに、例えば「コロナに罹るとこんな苦しいことになるよ〜、だからワクチン受けなよ〜」みたいな方法は逆効果になるよという論文にこういうものがあります。

文献:

Milkman, Katherine L., et al. “A megastudy of text-based nudges encouraging patients to get vaccinated at an upcoming doctor’s appointment.” Proceedings of the National Academy of Sciences 118.20 (2021).

Sato, Ryoko, and Yoshito Takasaki. “Backfire effect of salient information on vaccine take-up experimental evidence from scared-straight intervention in rural northern Nigeria.” Human Vaccines & Immunotherapeutics 17.6 (2021): 1703-1713.

Written on July 12, 2021