インドでのインフルエンザへの対応:官僚の代表性の影響

2月のテーマは「感染症、疫病」ということで、前回のジカウィルスに続き、今回はインフルエンザを取り上げます。

少し昔の話になりますが、1918年に世界中でインフルエンザが大流行したようです(インフルエンザの歴史は長いですね・・・)。世界中で5000万人もの死者が出て、そのうち1000-2000万人はインドで起こりました。その際の英国植民地下のインドでの対応について分析したペーパーを紹介します。

Guo Xuさんによる“Bureaucratic Representation and State Responsiveness during Times of Crisis: The 1918 Pandemic in India”です。個人ウェブサイトによると、Revise & Resubmit ReStatの状況とのことです。

概要:

1910年頃、インドでは地方自治体レベルの中でDistrict(県)が重要な役割を果たしますが、そのトップはDistrict Officer (DO)などと呼ばれていました。DOは中央政府から派遣された官僚が昇格していった先に就くポストです(現在のインド行政職がその名残です)。そのポストには、英国出身の人かインド現地の人が就いていました。英国出身者の割合は高かったようですが、現地出身者を増やしていた時期でした。

そこで、インフルエンザが大流行した際に、英国出身者のDO下のDistrictと、インド現地出身者のDO下のDistrictで、どう対応が異なって、死者数の差異が出たのか、分析しています。

一歩引いて、この質問がなぜ重要かというと、Political economyの分野で、官僚の代表性(どこまで管轄地域の人々を代表しているか)が、どう政策実行に影響するかということが、議論されてきたためです。一方では、官僚は中立であるため代表性は関係ないという考え方もありますが、他方では、政策を円滑そして有効に進めたりするためには代表性があった方が良いという考え方もありますよね。その議論に本ペーパーは貢献しています。

識別戦略

識別戦略は差の差分法です。(i)DOがインド出身か英国出身か、(ii)インフルエンザの時期かどうか、の2つのVariationを使って、DOの出身が村レベルでの死亡者数に与える影響を分析しています。

前提の確認のために、まずDOがインド出身か英国出身かで、色々な変数でバランスが取れているか確認されています。2つの変数を除いてはバランスが取れていました。

また、Event studyの形で分析したところ、インフルエンザの時期になるまでは有意でないため、平行トレンドが成り立っていることが示唆されています。

さらに、Placebo testとして、インフルエンザ期間外のDOの出身国は結果に影響しないはずであるため、DOのLeadとLagにした場合に分析したところ、有意な影響が見られませんでした。

もう一つの分析として、英国出身DOのDistrictとインド出身DOのDistrictの境界に着目して、その境界上にある村同士を比較していました。境界上の村だと、DOの出身以外の属性が似通っているはずであるため、比較対象として良いためです。これは面白いやり方だと思いました。具体的には、まずはインド出身DOの境界にある村を起点として、その村から25km以内にある英国出身DOの村(複数の村となるケース)とマッチしています。

この分析のモデルはベースラインとほぼ同じですが、ミソは、境界区域(ペアごとの区域)×村の固定効果、境界区域×年の固定効果を入れることです。これによって、ペアごとに比較している形になります。

ただ、一つ気をつける点として、ペア同士が近いため、介入群と対照群の間のSpilloverが問題になりえます。そのため、この分析の推定値は下限値となることが言われています。また、頑健性の確認のために、一番近いペアの村を取り除くと推定値が変わるのかも見ています。

データ

データは大英図書館の資料を使っています。たしかにインドの植民地時代の資料はイギリスにありそうですね。LSE出身のXuさんならの研究だと思いました。

主に公務員リスト(名前からインド出身か英国出身か推測)、人口動態統計(死亡、出生の情報含む)、国勢調査のデータを使っています。

こういう歴史の研究はどういうデータがあるか分かりにくい中で、どう資料を見つけたのか気になります。Donaldson and Keniston (2017)の論文に踏まえたものになっているので、そこからデータについて当たりをつけた感じなのかと思いました。

結果

インド出身DOのDistrict内の村では、イギリス出身DOの場合に比べて、インフルエンザ期間に、死者数が15%低かったという結果が出ています。

また、そのメカニズムとして、病院の受け入れ数、処置の支出等の医療体制の差によるものではありませんでした。他方、公的救済(Public relief)、具体的には公共事業の雇用を増やすことが見られました。同時期の1918年のモンスーンの失敗(おそらく降雨量が少なくなった影響?)で食料不足が増え飢餓のリスクが高まっていたので、それに対応することができたということでした。インフルエンザによって、モンスーンの失敗のリスクがさらに高まったとも言えますが、結局インフルエンザではなくモンスーンへの対応の話になっている気もしました。

意見:

  • 差の差分法の分析のお手本

差の差分法の分析を研究に使うときにどう分析するか、そしてどう頑健性をチェックするか、お手本のように記載されているペーパーでした。例えば、Event studyでの並行トレンドのチェック、Placebo test、ベースラインでのバランスチェックなどがなされています。また、Districtの境界を使ってペアにするアイディアも勉強になりました。

  • 文章スタイルが簡潔でわかりやすい

文章スタイルとして、余計な文言は削って必要な部分だけに絞ることで、できる限り簡潔に記載しているスタイルだと思いました。このスタイルは真似たいと思いました。また、細かい見出しは、太文字にして段落の最初に付けるのも良いと思いました。

  • 本研究の結果がどう役立つのか

本研究は、政治家ではなく、官僚がどこまで地域を代表しているかが、着目されています。最後の結論でも書かれていましたが、中央政府から派遣された官僚がトップのDistrictで効果が見られたのは、その官僚が政治から独立していたからと言われています。このように中央政府から地方政府に官僚が派遣されて、地方政府のトップになるというのは、現在もインドでインド行政職によってなされていると思いますが、他の国でどれほどあるものなのかなぁと思いました。日本でも、明治維新の頃はそうだったかもしれませんし、少し前までは旧自治省の公務員が地方政府のトップになったことはあると思いますが、今はそのようなことはない印象です。他の途上国ではそういう事が多いのかわからないので、今後もその点に着目したいと思います。

また、植民地以外の文脈で代表性を考えるときは、国籍に着目しなくなると思いますが、どのような属性に着目すればよいのかと思いました。出身民族、宗教などかもしれません。

最後の一言

今回も最後まで読んでくださってありがとうございます!

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ありがとうございました。

元橋

コメント

鈴木:

インドのインフルエンザに関する研究といえば、Schultz (1964)が有名ですね。 この研究は、インフルエンザの流行による労働者数の減少が農地の耕作面積の減少につながったことを示し、限界生産性がゼロの労働者が農村に滞留しているという古典的な想定を否定するものでした。 ある意味ですでに使われた自然実験を、新たなデータと新規性のある問い(さらに現代的な計量手法)と組み合わせることで論文にしていて、面白いなと思いました。

結果の解釈として、インド出身DOのほうがイギリス出身DOに比べて多くの逆境を乗り越えてその地位を得るに至ったという点で、前者のほうが「優秀」だった可能性はあるかなと思います。 そうだとすると、官僚の代表性うんぬんという話ではなくなるので、ちょっと論文のインプリケーションが弱くなる気もします。

推計手法については、Pre-trendに違いがないことが個人的に驚きでした。 論文を深く読めていないのでもしかしたら言及されているのかもしれませんが、誰をどの地区のDOにするかの意思決定の過程が気になるところです。

渋谷:

官僚の代表性のインフルエンザの関係とてもおもしろいですね。代表性でいうと普段は性別と労働市場については普段考えるのですが、公共衛生関連関しては特に考えたことがなかったので興味深く読ませてもらいました!鈴木さんが言っている「インド出身DOのほうが優秀だった説」とてもおもしろいですね。インド出身と英国出身DOで就任に至るまでの経過に差があるか等、背景のお話しがあるといいなと思いました。

植民地インドにおいて、インフルエンザ啓発・予防情報キャンペーン等あったのでしょうか?医療体制に差は無いと言うことですが、この様な情報キャンペーンが当時あったとすれば、インフルエンザ予防に関する情報は英国人DO\(\rightarrow\)インド人より、インド人DO\(\rightarrow\)インド人のほうが受けられやすかったりしないかなとちらっと思いました。インドの公共衛生史に関しての知識は皆無なので、完全に妄想の世界ですが、これだと代表性のお話が成り立つかなと思いました。

中村:

コロナウイルスのパンデミックとも重なるタイムリーな論文を紹介していただいてありがとうございます。差の差(DiD)分法の分析のお手本の点、同感です。情報の提供のされかたがとてもスムーズで、ピンポイントにRobustness checksなども提供されているとおもいました。DiDの分析のペーパー、時々いろいろな分析をやりすぎてストーリーがごっちゃ混ぜになりやすい(と勝手に思っている)ので、クリーンにストーリーが展開されているのは勉強になります。逆にこのペーパーのストロングポイントは、メインの分析結果のRobustnessの強さありきで、ストーリー界隈もクリーンなのかもしれません。

あと私が好きな点は最初に「公共機関の運営たるものはどうあるべきか」という議題をドーンと据え置いて、Weberの言う様な”Rational organization”も大事だけどRepresentationも大事だよ、っていう点をしっかり最初にモチベーションとして提示してあるところです。実証分析の目的、あるいは貢献に関するフレームワークが持てて、その後の検証が読み進めやすかったです。

文献:

Schultz, T. W. (1964). Transforming traditional agriculture. Transforming traditional agriculture.

Xu, G. (2020). Bureaucratic Representation and State Responsiveness: The 1918 Pandemic in India.

Written on February 17, 2021