Kranton (1996): Reciprocal Exchange

今日はKrantonさんによる掲題の論文について話したいと思います。 論文はこちらから。

概要:

本論文は最初に「なぜ非公式且つ個人の間で起こる関係に基づいた取引が、市場に基づいた匿名の代替が可能にも拘らず、生き残るのか?」という問いから始まる。

よって、市場に頼らない交互取引(reciprocal exchange)の仕組みがどのように働き、市場取引と関係するのか理論的に説明するのが目的。。

交互取引って何?

著者は交互取引を「物、サービス、情報及び金銭を将来的な賠償を代価とし、非公式的に施行される合意」と定義している。

この定義を聞くと、「アマゾンに暮らす民族の風習」とか、一昔前の人類学者たちが「原始的」とよんだ社会に根付く仕組みを考えるかもしれない。著者によると、社会が「原始的」か「近代的」かに問わず交互取引は観察されるとのこと。

例えば、ニューヨークの服飾業界では、ドレス工場オーナーとドレス工場で働く労働者組合の代表者間で、贈り物交換や友人関係が築かれたりする。「良い」関係を労組代表者と築くことで、工場オーナーは商売に障害が出ないよう多少の労働契約違反を非公式的に認めてもらったりできる。

モデル分析

この論文では2つのモデルが使われる。まずは、取引モデルを使って交互取引が市場取引に比べると施行しづらい状況を観察。 次に、このベースモデルを世代重複モデルを使ってより動的に取り扱うと、なぜ交互取引が継続的に存在することが出来るのか観察する。

ベースモデル:交互取引施行の難しさ

この経済では2種類のエージェントがいる。市場取引に関わるエージェントの割合は\(\mu\)、よって交互取引を行うエージェントの割合は\(1-\mu\)。

各交互取引パートナーの消費及び生産は、交互取引のパートナー以外はアクセス出来ない私設生産所で行われる。また、パートナーはお互いの嗜好、消費、生産コスト及び策定を知っている。一方で、市場取引に関わるエージェントは匿名で、生産及び消費は公的生産所で行われる。どちらの場合も取引は、各生産所で行われる。

市場では取引は金銭と物の交換で行われる。売り手は生産コストを決め、買い手は自分が欲しい物を作っている売り手を数ある生産所から探すことで利益を得る。売り手の生産策定は生産コストと買い手になった場合の利益の期待値による。

一方で、交互取引において生産が発生するのは、自分のパートナーがある品物を欲しいとした時、且つ、その品物の生産コストがある一定のレベルかそれを下回る場合のみ。ここで一つ問題なのは、交互取引は時間を超えた関係なので、最初に生産するプレーヤーが次回相手プレーヤーがちゃんと生産して品物を渡してくれるか懸念する。なので交互取引は両プレーヤーが1)お互いの為に生産する動機があり、2)且つ、約束が守られない場合に罰を与える動機がなければ成立しない。このモデルから得られる学びは以下の通り。

  1. エージェントが匿名である市場取引では、市場のサイズが大きければ大きいほど他のエージェントに会う確率が高くなる。つまり、取引成立の確率は市場のサイズに依存する。
  2. 市場のサイズが大きいほど、売り手の模索に時間がかからず実利が上がり、また、買い手もより多くの売り手を得られる。よって、市場のサイズは市場取引の実利に影響する。
  3. 市場のサイズが大きいほど交互取引ルールの施行が難しくなる。
    • ただし、エージェントが将来の消費をある程度大切にするタイプであれば、市場のサイズがぼちぼち大きくても施行可能。
    • でも、エージェントが違う品物を消費するのを好むタイプだと、多くの人が市場取引をしたくなるので交互取引が成り立たなくなる。
拡張モデル:なぜ交互取引は存続するのか

ベースモデルから学べる事は、市場取引と交互取引は相克関係にあるという事。つまり理論的には、みんなが市場取引か交互取引のどちらかを行うのが一番効率的であるはず。ただ、一度決まった取引方法がなぜ保たれるかよくわからない。拡張モデルでは市場のサイズを前期から受け継ぐようにする。

このモデルでは、各エージェントが市場取引か交互取引から得られる割引実利を比べて、市場に出るか、パートナーの為に生産するか決める。この各自の決断は先に述べたとおり、市場の大きさによる。なので、最初の市場の大きさによって経済全体の取引方法が決まる。つまり、最初の世代の経済で、交互取引の割合が多いと、その割合を引き継いだ次の世代も交互取引を選び、最終的にみんなが交互取引を行う。

意見・感想:

この論文は非市場的経済活動がどうしておこるか理論的に説明する。交互取引は個人的にとても興味があり、今後進めたいプロジェクトの一つ。ただ正直、この論文が面白いのか面白くないのか決められない。(えっ!)その背景には、一方で経済全体がどっちの均衡にたどり着くのか大きい絵の話に視点を当てていて、それはそれでいいけど、ざっくりしすぎていて、読んだあとなんかもやっとするから。(ただ、Krantonさんの研究は全般的にすっごく面白いトピックばかりでとても尊敬します。)

以下に、思った事且つ学んだ事をまとめます。

市場の不完全さと市場の大きさでまとめる

私の浅い理解によると、市場の不完全さは市場の大きさとしてモデルに組み込まれているのだとおもう。その結果、市場の不完全さというややこしい物を、「市場・交互取引する人の割合」を表す変数で表すことで、比較的シンプルなモデルを書くことが出来るのかなと思う。

嗜好が取引方法に及ぼす影響

このモデルで面白いなと思うのは、どちらの取引方法が効率的かどうかはエージェントの違う品物に対する嗜好の強さによるところ。なので、一経済の住人達が、各パートナーの作る一種の品物で満足出来るタイプであれば、市場の大きさが交互取引のルールが守られやすいサイズである限り、交互取引のほうが社会的に効率的であるとする。ふと思ったのが、この嗜好が実際どの程度一経済の取引慣習に影響を及ぼすのかは、実社会で本当に大事なのかなという疑問。言い換えると、一種の品物だけで満足出来る人なんて本当にいるのかい?っと思ってしまった。加えて、このモデルでは、交互取引のパートナーを変える事は出来ず、交互取引関係を切る方法は市場にでるのみ。現実的には、他の品物がほしければ交互取引のパートナーをスイッチ出来るはず。この辺の交互取引の詳しい仕組みがどう動くのがもっと知りたいなと思った。

市場のサイズと交互取引の施行の関係

一経済(例えば、村経済)の中でも、食料品取引は市場だけど、労働市場は交互取引っていうこともありえるかなと思う。となると、経済のサイズだけで交互取引がうまく回るか決まるわけではなさそう。

最後の一言

今回も最後まで読んでくださってありがとうございます!今、相互労働というトピックに興味がある事もありこの論文を選びました。なにか、理論的、実証的な論文でおすすめがあれば是非教えてください。

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渋谷

コメント

鈴木:

この記事を読んで最初に思い浮かんだのは 関係的契約(relational contract、例えばLevin (2003))やlimited commitmentのもとでのリスクシェアリング(例えば Ligon, Thomas, and Worrall (2002))にあるような、契約を強制する制度がないもとでの長期的な関係についての文献でした。ただ、この論文では「reciprocal exchangeが他のエージェントの探索費用を高める」という外部性をモデルに組み込んでいて、そういった研究は知らなかったので面白かったです。

論文のモデルの含意の一つとして「市場のサイズが大きくなり探索費用が低下すると、reciprocal exchange が駆逐されうる」というものがあります。ちょっと関連した論文で、Ligon, Thomas, and Worrall (2000)は家計の貯蓄能力が高まることによりリスクシェアリングがcrowd-outされ、結果的に家計の厚生が低下しうることを理論的に示していて、Dizon et al. (2019)はこれを支持する実証結果を得ています。このように、「既存の制度に新たな制度を持ち込むことで人々の厚生に負の影響を与える」ということは有り得る話なので、なにか政策を施行する前に理論的な予測をたて、その政策が人々の行動や厚生にどのような影響を与えうるのか、それに事後的にどう対処するのか、といったことを考えることが重要だと思いました。

元橋:

なかなか壮大なテーマを扱う論文で、ブログ記事を読んで面白かった。Krantonさんは今回始めて知りましたが、Networks関係で色々と研究をされている方なのですね。

根本的な疑問が色々とあるのだが、交互取引は、いわゆる物々交換のことなのか(貨幣を介在しない取引)?それとも貨幣が介在しても、交互取引はありうるのか?また、「非公式かつ個人の間で」起こるというのは、市場価格に基づかず、個人的に取引条件が決められるということなのか?現実に市場取引と交互取引がそれほど完全に分けられるのか分かりませんでした。例えば、フランスでのマルシェは一般的に市場取引とも捉えることができるが(特に常連客ではない人からすると)、そこに出店している農家同士や、常連客と農家の間では交互取引(非公式な取引)が行われることがあるのではないか?

他方、マクロ的にざっくりと市場取引と交互取引を分けた時には、理論的インプリケーションが説得的な論文でした。

中村:

鈴木さんと同じような点ですが、似通ったメカニズム、特に関係的契約(relational contract)との相違点、実証の面ではどのような外部性に注目するべきなのか、などの疑問が湧きました。途上国などで関係性を重視した取引が起こるのかというBig Pictureを捉えたという点では(この点のseminal paperであれば)さすが、と思います。ですが具体的にこの論文の中で押されている「reciprocal exchangeが他のエージェントの探索費用を高める」点であるとか、市場規模が大きくなれば交互取引は淘汰される、などのインプリケーションは少し大まかな感じを受けますし、他の(この論文に追随した)実証の研究などと掛け合わせて私の見解を深めていければと思います。特に市場規模と交互取引の関連性については、市場規模を小さくしている制約(e.g. credit constraint)や摩擦(情報摩擦、他探索摩擦)との相互、相関のメカニズムがより大事なのでは、またそれらの制約や摩擦に外性的ショックがあった場合に交互取引はどうなるのか、もう少し深く掘り下げてみたいと思いました。

そこで、なのですが、私のゼミの先輩で今年度のJob Market CandidateのJess Rudderさんはタンザニアの過疎地で取引のパートナー探しの情報摩擦を下げる介入を、いわゆるイエローページのような「ビジネスの名簿」の携帯アプリ版を使って行い、それが関係的契約に与える影響を実証実験で測定しています。面白いのが、情報摩擦の低下は関係的契約の頻度を下げるのではなく上げる、という結果が出ていることで、恐らくビジネスが関係的契約によって得られる価値を再推定し、より良い関係構築を図る交渉を行うインセンティブを見出した、という点です(少しSpeculativeな点ではありますが)。世銀の経済研究のブログで巷では有名なDevelopment Impact Blogに著者自身がこのようにまとめてあります。

Written on November 9, 2020