EコマースX開発経済: 探査摩擦と中小企業発展の関係性(Bai et al., 2020)

今年はコロナウイルス・パンデミックによりネットショッピング(Eコマース)やオンラインプラットフォームにおける経済活動が一層身近になりました。Eコマースの発達はもちろん先進国だけにとどまらず、途上国においても存在感を増してきています。私(中村)自身も、過去数年でライドシェアアプリや配達をフィールドワークの際使う機会が増え、数十円をかけてリキシャのおっちゃんと値切りバトルをしなくて良くなったのは便利だけれど少し寂しい気はします。携帯端末の普及により多様な人々が活動する様になった途上国におけるオンラインの市場でいかなるメカニズムが働き、どの様な摩擦、市場の失敗が存在するのか、というのが私の大まかな研究対象でもあるので、今回はBai et al. (2020)の”Search and Information Frictions on Global E-Commerce Platforms: Evidence from AliExpress”というワーキングペーパーを紹介します。直近のいろいろなところでのセミナーで発表されており、ワーキングペーパーはつい最近公開されたのでフレッシュな研究です。論文はこちらからダウンロードできます。

概要:

このペーパーは中国のAliExpressにおける、出展者である中小企業が受ける情報や探査摩擦の影響を介入実験(RCT)及び構造推定(Structural estimation)を用いて検証している。経済政策的なモチベーションは、あまりに多数の競合者が売り手側にいると、混雑が起こり、買い手側が商品を検索する時の探査摩擦が高まる。特に消費者が商品の品質が完全に観測できない場合、この様な混雑が起こりやすい。つまり摩擦がなければ、どう値段の商品が並んでいた場合に消費者は品質の高いものを選ぶが、その品質に関する情報にノイズがあると(例えばレビューなどが当てにならない)、高品質の商品の方にすぐ需要が移らない。また逆に、そこまで高品質ではない物を売る業者がたまたまオーダーを受けると、そこでレビューなどが入りその後の需要が増える。よって低品質な商品を扱う業者が淘汰されにくい。

筆者らはまず、既存のデータを用いて以上の観察を相関性を用いて提示している。

  • 販売業績においては、同様の商品を扱う業者の中でもムラがある。
  • ”スーパースター”(好業績の業者)は必ずしも最高品質の商品を取り扱っているわけではない。(品質は筆者らの研究チームが実際に発注し、届いた物を業界で使われている品質評価のメソッドを使い測定!)
  • 駆け出しの企業が最初の発注を受けるまで結構時間がかかる(2ヶ月)。しかしその後の発注はより速急に入る。

以上の相関性の因果関係を紐解くため、筆者らは以下の実験を子供服の分野で行った。

  • ”発注”:駆け出しの業者の商品を一点購入し、一般的な星付けのレビューを残した。
  • ”発注”+”評価”:上記の介入の上に、品質と配達についての具体的なレビューを残した。 なお”評価”の介入は商品到着から数週間後に行ったので、企業x週レベルのパネルデータを使って”評価”が与える影響を測定できる。

実験のデータを誘導型で測定した結果によると、”発注”実験による外性的な需要はその後の発注量を増やしたが、影響は短期に限られていた。”評価”の介入による影響は統計的に有意な影響は認められなかった。つまり、外性的な要因のもと需要を一気に伸ばすのは難しい(恐らく市場の摩擦の影響)上に、品質の評判によって需要を伸ばすのも難しい。さらに”Quantile regresssion”を用いた検証によると”発注”実験の好影響は少数の業者に集中しているが、これらの業者は必ずしも高品質ではない。

これらの測定をもとに、筆者らは構造モデルを構築し、その測定を行った。消費者側のモデルは限定的探査をベースにしており、彼らはノイズの入った品質に関するシグナルを市場から得る。その上で、消費者は業者の商品品質に対する考えをベイズ式にアップデートし推測する。(この上での情報はレビューの数と質)。これらのパラメター、かつ一般的なDiscrete Choice的な需要構造をしている。サプライ側の構造は比較的シンプル(ダイナミックな価格設定は無い)な適正価格設定を行う。

(少し端折りますが)これらの構造推定のもと導かれた結論は:

  • パラメータ測定によってわかったのは、商品評価のシステムはノイズがかなり大きい。既存の消費者の品質に対する考え(Belief)の変動値と比較しても、レビューのノイズが大きいため、重要な品質のシグナルが消費者に伝わらない。
  • 駆け出しの企業における初期の視認性は重要。(中村:Reduced formの見解と少し異なる様に思えるのは、構造測定によって市場の摩擦が与える影響を隔離できるから?)
  • 反実仮想分析(counterfactual analysis)を行うことによって、1)商品評価のノイズがなくなった場合、2)初期の視認性が高品質の企業でより高まった場合、そして3)業者数を減らした場合、商品品質や消費者余剰が向上することを示した。

意見・感想:

トピック(開発xオンラインプラットフォーム)、設問のうまさ(Eコマースという環境を使って、うまく途上国の市場摩擦、SME成長の話につなげている)、介入方法(本当に服を買っちゃってレビューしちゃうのすごい)、RCTと構造推定の掛け合わせ(開発系のプロジェクトマネジメントのスキルの向上も図りたいし、なんとなく構造推定できる様になったらかっこいい)、など好きな所だらけのペーパーです。私個人の見解は:

  • まず設問が良い:実証実験の場合、少なからずとも政策(提言)と学術的貢献のトレードオフ(現実的な制約を含め)があることが多い。しかしこの研究はレアな研究対象の中で、経済政策の上で重要な中小企業の発達という点をうまく捉え、かつ将来的に有望な環境(オンラインプラットフォーム)におけるインプリケーションを探っている。その上で、情報摩擦が市場に混雑を与える、という経済的な観点をうまく捉えており、その混雑を軽減するにはどの様な方法が有益か、という見解まで出している。
  • RCTと構造推定の掛け合わせが、マーケットデザインにおける面白いインプリケーションを出している:相関関係の提示、RCTの結果、そして構造推定と、相乗効果で全体的に検証結果の説得力が高い。また、反実仮想分析(counterfactual analysis)を行うことによって、マーケットデザイナー・オペレーターがいかにシステム向上するべきかという指標が見える。例えば、商品評価のノイズを少なくするためにレビューシステムの向上を図ったり、高品質の物を扱う業者をプロモートすることで、マーケットの商品品質や消費者余剰の向上を図れる(かもしれない)。
  • しかし構造推定との掛け合わせによる提言のクオリティーに少しムラがある感じを見受ける:反実仮想分析によるマーケットの効率向上を図るにしても、小規模で行った実験の結果をもとにSpillover EffectsやGeneral Equilibrium Effectを加味した上でシステム向上の提言は(理想的には)されるべき。もちろん現実的な制約はあるのだろうけれども。また、”業者数を減らせば消費者余剰が向上する”というのは若干端的な気がするので、既存のデータで市場の競争を加味した分析が出来るか気になる。

今回も読んでいただき、ありがとうございました。

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中村昌太郎

コメント:

鈴木:

すごく面白い論文でした! 「開発×IO」は最近勢いのある分野なので(例えば Bergquist and Dinerstein (2020))、取り残されないようにどんどん新しい論文を読んでいきたいなと思います。 ちなみに筆頭著者の Jie Bai のジョブマーケットペーパーは “Melons as Lemons: Asymmetric Information, Consumer Learning and Quality Provision” というタイトルでした。なんというセンス!

RCTと構造推定のどちらも用いた論文ということですが、他の論文では「構造推定により得られたパラメタを使って反実仮想分析(counterfactual analysis)を行い、その結果とRCTとの結果がどれだけ整合的かを見る」、あるいは「RCTによる外生変数の変動を用いてよりクリーンな構造推定を行う」というふうにRCTと構造推定が組み合わさることが多いように思います。 他方、この論文では2つの分析がバラバラに行われているように感じられました。 それが悪いというわけではないですが、構造推定により得られたパラメタがRCTを用いて得られた結果と定量的にどれだけ整合的か、ひいては構造モデルがどれだけ現実をうまく描写しているのか、の議論があるといいなと思いました。

それと、「多数の業者がいること」の効果について、サーチコストが高まる以外にも、Iyengar and Lepper (2000)にあるような「選択肢が多くなるに従い購入意欲が削がれる」という効果もありえるなと思いました。

渋谷:

私もRCTx構造推定で大きな絵の話が出来る論文とっても憧れます! そして、自分では選ばないような論文について書いてくれてありがとうございます。

中村さんも言っていたように、業者を減らせば消費者余剰アップといのはちょっと政策的は苦しいですよね。 減らすのではなく、業者数の見せ方をプラットフォームで実験的に変えてなにか効果的が見るのが良いかもしれないですね。 この辺はユーザー経験デザイナー等と一緒に、鈴木さんが言っていたような、購買意欲に対する効果も考えた実験は面白いかもしれないですね。

文献:

Bai, Jie, Maggie Chen, Jin Liu and Daniel Yi Xu. “Search and Information Frictions on Global E-Commerce Platforms: Evidence from AliExpress,” NBER Working Papers 28100 (2020).

Bergquist, Lauren Falcao, and Michael Dinerstein. “Competition and entry in agricultural markets: Experimental evidence from Kenya.” American Economic Review (2020).

Written on December 20, 2020