環境変化と文化の耐久性の関わりについての経済学

1月(もう2月ですが)のテーマである「祭り、慣習、宗教」、ここまで祭り宗教(そして両方)をカバーしたので、今回は慣習、文化についての論文を取り上げます。

恐らく文化や慣習を経済で語る上で、まず注目されるのは「文化や慣習は経済発展にとって重要な一因なのか?」という点だと思います。これらの仮説を、非科学的に「どこどこの国民性はこれこれこうだから経済発展できてないんだよね、あるいはこれらの様なことができる、出来ないんだよね」のように偏見の塊みたいなコメントで片付けてしまうのはなく、理論と実証に基づいて「これらの社会集合レベルでのファクターがあるのだけれど、その中の外生要因に注目してその後の経済発展と相関関係を見てみて、体系立てた理論とすり合わせられるか?」と言うようなアプローチができるのが経済学の強みだと思います。一見「文化とか風習とか経済学と何の関係があるの?」と思うような点であっても、客観的な視点が求められる分析においては有為なのでは、と思います(勿論分析者や学界のバイアスなどはバンバン入っているので、完全に客観的ではないとは思いますが)。

愚痴はさておき、今回はGiulianoさんとNunnさんによる「文化の耐久性はどの様な環境的要因から来ていて、いかなる外的要因によって変化を遂げるのか」という設問の論文です。“Understanding Cultural Persistence and Change”というタイトルで、Nunnさんのホームページからダウンロードできます。

概要と理論的なフレームワーク

文化や慣習は経済発展にとって大切な一因であることは過去の研究で示されている。これらの影響は耐久性がある一方、文化変革(例:プロテスタント文化革命)が一気に経済に影響を与えたことも近年の研究でわかってきている。それでは文化の耐久性や変革は一体どの様に生まれるのか?また文化変革は、どの様な環境のもと受け入れられやすいのか?これらの点を進化人類学の理論を経済学に取り入れて検証している。

筆者らは環境の変動(の幅)を外性的要因の変数として扱っている。つまり気候の変動のトレンドが文化の形成に携わっている、という点が理論のベースになっている。 モデルの大まかな流れは:

  • 各時代を生きる人々は、どの様な行動選択が自身にとって最適かと言うことに対して不確実性を覚えている。行動に対するリターンは環境によって変動する。
  • 人々は、コストの高い情報収集を自ら行うか、一世代前の人々が選択した行動を(伝統、文化として)自ら選択するか、のチョイスがある。
  • 均衡上、環境変化の幅が世代ごとで高い社会においては伝統や文化にあまり重きを置かず、逆に環境の変動幅が低ければより文化に重きを置く。

実証分析

上の理論を、筆者らは多様なデータやコンテクストに当てはめて分析している。

  • 歴史的な気候のデータを用いて、地球各地での過去1500年ほどの気候変動を推測し、分布を見る。そのデータを歴史的な民族の分布データ、そして国レベルの民族構成のデータと掛け合わせることで、国ごとの民族ベースの気候変動値のデータベースを構築。そのデータをさらにWorld Value Survey(人々の信念や文化的価値観に関する有名なデータ)を掛け合わせて、過去の気候変動と文化保全に対する信念の相関を量っている。過去の気候変動が大きい方が文化保全に対する信念が弱いと言う結果が出る。
  • 文化的耐久性の検証においては、上記のデータの気候変動値の変数を、文化的耐久性によって影響されるであろうと思われる現象(性別の役割、一夫多妻制、近親婚など)をアウトカムとして検証している。過去の気候変動が大きい方が以上の文化的耐久性と相関しているであろうと思われるアウトカムとの相関が低い。
  • 米国への移民の民族的背景に今度は注目し、アメリカ国民の先祖が体験した気候変動と、現国民の文化や伝統に関する価値観との相関を見ると、気候変動が高い民族の末裔の方が、文化保全や伝統に対する信念が弱いことがわかる。
  • 北アメリカ(合衆国、カナダ)の先住民族(複数のグループが北米各地に存在していた)に最後は注目し、彼らの先祖の土地における気候変動と、現在におけるネイティブアメリカン言語の使用との相関を見ている。上と同じ様に、気候変動が高い民族の末裔の方が祖先の言語の使用頻度が高い。

この論文の強み、貢献

  • どのデータを使っても同じ様な相関、あるいは見解が得られた、と言う点は、理論の普遍性においては有為であると思われる。
  • 上の点を強化にするバックグラウンドとしては、そもそもの理論が進化人類学のものであること。学術手法や学界を超えての理論の普遍性がある。

コメント

  • 相関ベースの論文なのに説得力がある:この論文のテーマ上、クリーンな因果関係を紐解くのは難しそうな設定だと思います。Acemoglu Robinson()の様なInstitution(法治制度)の様に長期なトレンドに対する外的な変要素があるわけでもないので、どうしても相関ベースの検証になってしまうのではないでしょうか。その中で複数のデータを用いて「相関のアベンジャーズ」みたいな感じで「これでもか」とでも言う様なエビデンスを提供しています。勿論都合の良いデータやエビデンスを集合させた可能性はぬぐい切れないですし、交絡因子の存在は否定し切れないとは思います。例えば、気候変動が激しいところでは、個々の行動選択とは関係ないけれど普遍的に起こる社会的現象が見られ、それが文化や習慣に影響する、などのストーリーは(詳細は思い浮かびませんが)可能な気はします。
  • ”Big picture”の課題をシンプルでわかりやすいモデルと実証で説明している:結構大括りではあるものの王道の「文化や慣習が持続する原因って何?」と言う設問に対して、正面からシンプルなモデル、他のディシプリンからの見解、簡潔なデータ分析のコンビネーションで返答しているところは参考になるのかならないのか。説得力はあるのだけれど、多分偉い先生だからかけるペーパーで、自分みたいな人がやったらボツにされそうとは(ひねくれているかもしれないですが)思いました。

最後の一言

今回も最後まで読んでくださってありがとうございます!

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ありがとうございました。

コメント

渋谷

Nunnさん系の歴史学チックな論文は大好きのなのですが(同意するかは別として)、この論文はまだ読んだ事がなかったので紹介していただきありがとう! 楽しいストーリですが、中村さんがおっしゃる様に、交絡因子の可能性が気になってなかなか腹落ちしづらいなという印象です。

本文でも言及されていますが、気候変動と紛争の繋がりがどうしても気になります。例えば、気候変動 \(\rightarrow\) 資源不足 \(\rightarrow\) 侵略 \(\rightarrow\) 文化変動というストーリーもありえるかなと。

もう一つ気になったのは、「文化の枠」の定義。実証分析では、「文化の枠」は近代における国境を使っています。とういことは、文化的耐久性は現在の国境の枠の中で起こるという仮定をしなくてはいけないのかなと思います。もちろん、データに限界がある為、じゃあどうしたら良いのかと聞かれると分からないのですが(苦笑)、分析結果はかなり気をつけて読まないといけないなと思いました。

元橋

とても面白いロマンがある論文だと思いました。割と細かいテーマに陥りがちな自分としては、このように広い視野で研究テーマを考えたいと思いました。あと、「相関のアベンジャーズ」は良い表現ですね!どこかでまた使いたいです笑。

本論文では気候変動の変動幅を使っているので、これは外生的と考えれば、クロスセクションの分析でもある程度良いような気がします。ただ、気候変動の影響を分析するペーパーでよくなされる、「パネルデータ+FE入れる」をしていないので、気候変動自体が文化の耐久性にどれほど与えているか、示しにくくなっている気がします。気候変動が他の要因と相関していて、その要因が文化の耐久性に影響を与えている場合は、気候変動自体が影響を与えているわけではないかもしれません。そこで、モデルを作って気候変動が文化の耐久性に与えているチャネルを示して、実証の結果と整合的というしかないのかもしれませんね。

鈴木

他の方のコメントとかぶりますが、2点気になることがありました。 一点目は「天候の変動幅が外生なのか」です。 例えば伝統を大事にしない文化ほど工業化を進めていて、それが環境を悪化させて気温などの変動幅を増幅する、という逆因果を考えました。 ただし、(i) こういった環境破壊の影響はローカルなものではなさそう、(ii) この研究では過去1500年間の環境の変動幅を使っているので、最近起きた工業化による影響は小さそう、といった理由でこれは大きなconcernではないかなと思いました。

二点目は「どういったチャネルで天候の変動幅が文化や慣習の持続性に影響を与えるか」という点です。 モデルを完全に理解したわけではないですが、「環境が変化しやすい場所にいる人ほど、文化や伝統を大事にしない」というのが大意ではないかと思います。 これ以外のチャネルで「天候の変動幅が大きい → 文化や慣習の持続性が低い」が観測される理由としては、渋谷さんの指摘している「天候の変動幅 → 紛争 → 文化の破壊・変動」が蓋然性が高いように感じます。 他には「天候の変動幅 → 人の移動」のようなこともあるかなと考えてみましたが、ちょっと具体的なストーリーが思いつきませんでした。

文献:

Acemoglu, Daron, Simon Johnson, and James A. Robinson. “The colonial origins of comparative development: An empirical investigation.” American economic review 91.5 (2001): 1369-1401.

Giuliano, Paola, and Nathan Nunn. “Understanding Cultural Persistence and Change.” The Review of Economic Studies. Forthcoming.

Written on January 25, 2021