Fogli and Veldkamp (2011): Nature or Nurture? Learning and the Geography of Female Labor Force Participation

今日はFogliさんVeldkampさんによる掲題の論文について話したいと思います。 論文はこちらから。

概要:

本論文はアメリカで起こった女性の労働市場参加率増加が「信念の変化」によって部分的に説明出来ることをモデルをもって示す。モデルの味噌は、この「価値観の変化」を地理的変異を使って説明する所にある。

問題意識

従来、アメリカにおける女性労働市場参加率増加を説明する論文は母親への総計的ショック(例:保育園のコスト減少、医療革新等)に注目したものが多かった。これらの研究は、参加率の増加が各郡(county)によって違うタイミングで起こったことをあまり気にかけない。著者は、これらの様な母親に対する総計的ショックだけが参加率に影響を与えたとするなら、郡レベルの参加率変化に大きな時差を見ることはないのではと主張。1940年から2000年にかけての郡毎の変化は以下の通り。

Fogli and Veldkamp (2011) P1117

この地理的変化のタイミングにおける差を、著者は母親が持つ「自身が働く事で子供の将来の賃金に及ぼす影響」に関する信念の変化を使って説明する。

モデル

母親が持つ「自身が働く事で子供の将来の賃金に及ぼす影響」に関する信念の変化をモデル化するにあたって、2つの想定が鍵となる。

  • 女性は最初は母親の雇用が子供に及ぼす影響に関して不確か。
  • 子供に及ぼす母親の雇用の影響に関する学びはご近所さんレベルで起こる。

このモデルの特徴は個人の潜在賃金が与えられた才能と母親の保育によって決められる所だ。以下の式の通り、\(i\)の\(t\)期における賃金(\(w_{i,t}\))は指数関数的に才能(\(a_{i,t}\))から母親の雇用のコスト(\(\theta\))差し引いたもの。\(n_{i,t-1}\)は母親の雇用ステータスを表す。

\[w_{i,t} = exp(a_{i,t} - n_{i,t-1}\theta)\]

この賃金の関数形式が意味するのは、母親が働かず子供と家に残ると、子供の才能が丸々将来賃金に反映されるが、母親が働くと子供の潜在能力は部分的にしか将来賃金に反映されない。ただし、\(\theta < 0\)にもなるので、母親の雇用が彼女の収入を通して子供にプラスの影響を与える事も可能。

この\(\theta\)は不確実であり、母親のコストに対する信念は下の学びプロセスを通して発生する。

  1. 両親から信念を受けつぐ。
  2. 自身及び他の人の可能賃金について知り、信念をアップデート。この新しい信念に基づき働くか決める。

つまり、一女性の信念は、彼女の両親の信念と彼女の周りの女性が雇用ステータス及び信念に影響される。

モデルの中ではこの「ご近所さん効果」を一女性の現在地によって受けるシグナル(他の人の信念)を変えることで組み入れられている。

著者はこのモデルから以下の理論的予測を得る。

  1. 母親の保育の期待値が高いと女性が労働市場に参加する確率が下がる。
  2. 母親の雇用に関するコストが不確実であればあるほど、女性が労働市場に参加する確率が下がる。
  3. 元々の信念が平均値であり、女性労働市場参加率の高いエリアで近隣女性のシグナルの影響を受けた女性は、次期においてより高い確率で労働市場に参加する。

推定結果

上述のモデル予測がどの程度実データに見合うか確かめるため、著者はモデル推定を行う。主な結果は下の図に示される。

Fogli and Veldkamp (2011) P1117

一番左のグラフはモデルベースとデータベースの労働市場参加率を比較する。1970年まではモデルとデータがほぼピッタリあっているが、1970年以降乖離する。残りの2つのグラフは参加率の地理的分散と相関を比較している。地理的分散を示す真ん中のグラフは、参加率の地理的不均一性を示す。モデル測定は、データ数値よりも低いが、同じトレンドの形をしている。S字型のトレンドは、働く女性が増えるほど、郡間に元々ある初期参加率の差が広がるから。ただし、ある時点で信念が「真実」に収束するため、分散値は減少する。一番右のグラフは参加率の地理的相関を示し、分散値を反映して似たようなS字型トレンドをしている。

意見・感想:

最近、社会規範が女性の雇用を禁止する社会において、母親の雇用が娘の将来の労働市場参加にどの様な影響を与えるか考えていた中で出会った論文です。性別に関する社会規範の変化を、賃金関数に母親の雇用に関するコストを反映することで、うまくモデルに組み込めていて、とてもかっこいいモデルだなと思いました!

本文を読み始めた時、母親の雇用のコストなんて心配する人いるの??と思い「母親 働く 子供 影響」等ググってみたところ、「罪悪感」、「保育園に預けて働くのは悪いことですか?」等子供の育成に関する心配を表すヒットが多く有り、ちょっとびっくりしました。私は子供がいないこともありますが、周りにいる働くお母さんでその様な心配をしている人を見たことがなかったので驚きました。(みんなその他の心配・苦労はたくさんありますが。。。)普段は、女性の労働市場参加を拒む要素というと、育児にかかる時間、保育施設の数、社会規範、差別等を考えがちですが、女性自身の信念がどう彼女たちの経済行動に反映されるのか考えさせられるとても良い論文でした。

最後の一言

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ありがとうございました。

渋谷

コメント

元橋:

本論文の\(\theta\)の導入は面白いと思った。母親は働くと子供の世話ができなくなるので、その分子供のAbilityが完全に発現しなくなるという論理で、その発現しなくなる割合が\(\theta\)である。その\(\theta\)は不確実な中、近所の働いている母親から学ぶこともできるようになっている。

このような視点は考えたことなかった。母親が働いていても、子供は教育をしっかり受けていれば、Abilityが完全に発現しなくなることはない気がする。。また、子供がBoarning schoolに入っていたり、乳母が母親の代わりにいれば問題ないのではないか?母親が働くことの子供への悪影響がどれほどあるかわからないので(実証研究は別にあるのだろうか)、結構仮定がきついモデルのような感じがした。

ただ、モデル自体は面白く、信念をアップデートする仮定のモデルの組み方なども勉強になりました!

鈴木:

開発経済学では Foster and Rosenzweig (1995)Banerjee et al. (2013)のように、広い意味での「新技術」の効果の情報が拡散する、というモデルないし研究がよく見られると思います。 今回の論文もこの系列にあるように思いますが、「母親の雇用の効果」を考えている点で新規性があるのかなと思いました。 その背後にあるのが「近年の女性の労働参加の増加を説明したい」というモチベーションであるのも素晴らしいと思います。

論文の内容からはかなり外れますが、Hotz and Miller (1993) では夫婦の避妊の意思決定のモデルを考えていて、そこでは家計の所得として夫の所得のみを考えています。 データはアメリカの National Fertility Survey で1970年と1976年の調査結果です。 当時は夫の所得のみを考慮することが正当化され得たのかもしれませんが、近年の女性の労働参加を鑑みるに、今ならモデルをたてる上でも夫婦両者の労働参加の意思決定を組み込む必要があるでしょう。 このように、「昔のモデルで考えられた想定が今では成り立たない」ということは十分ありえ、だからこそ「モデルを構築する上で背景知識は重要ですね」という話になるのかなとぼんやり思いました。

文献:

Fogli, A. and Veldkamp, L., 2011. Nature or nurture? Learning and the geography of female labor force participation. Econometrica, 79(4), pp.1103-1138.

Written on December 7, 2020