プロテスタント医療伝道の長期的な影響

新年明けましておめでとうございます! 1月のテーマは「祭り、慣習、宗教」ということで、 今回は、プロテスタントの宣教活動、健康の習慣等をテーマとした論文を取り上げます。CalviさんMantovanelliさんさんによる“Long-term effects of access to health care: Medical missions in colonial India”です。

概要:

歴史を学んでいると、宣教師が日本を含めてアジアに宣教しに来た話がありますよね。有名なフランシスコ・ザビエルは、カトリックのイエズス会出身の宣教師です。このようにカトリックの宣教師は16世紀頃から布教を始めました。

その後、時代が下ると、プロテスタント系もアジアに布教を始めました。プロテスタント系は、ただキリスト教の教えを伝えるだけではなく、その前段階として医療伝道を重視したようです。西洋の医学を元にして医療へのアクセスを提供しました。本論文で引用されている”The work of the doctor is to open the door that the evangelist may enter in”という言葉に象徴されています。ちなみに、プロテスタント系の医療伝道は中国でも盛んでした(最近本も出ています)。

本論文では、この医療伝道が、百年後の現在のインド人の健康にどう影響を与えていたことを示しています。ここまで長期的な影響があることにはワクワクしました。

他方、医療伝道なんだから健康改善につながることは当たり前なんではないかという気もします。ですが、医療伝道によって、その活動場所に病院等のインフラが残ったのではなく、周りの人々の衛生や健康に関わる習慣が変わったことで、健康改善が続いたということも示されています。単なるインフラの影響ではなく、人々の習慣に影響していることも示唆されているのは面白いです。また、キリスト教への改宗のチャネルは関係ないとのことでした。

識別戦略

識別戦略は単純で、医療伝道の病院からの距離と、その人の現在の健康状態の関係をOLSで見ています。クロスセクション・データでOLSなので、欠落変数バイアスはかなり問題になりますが、できるだけ制御変数を入れて対処しようとしている他、Oster (2017)の手法でバイアスの程度を検証しています。

また、サブの識別戦略として、マッチングの手法を使ったり、各宣教団体が世界中でどれほど医療伝道したかという割合をInstrumentとしてIVを使ったりしています。ただ、Exclusion restrictionはかなり怪しい感じに留まっています。だからこそ、OLSをメインの識別戦略にしたのでしょう。クロスセクション・データなら、やはり回帰不連続デザインが理想的ですが、良い設定が見つからなかったのでしょう。

データ

データはとにかく素晴らしいです。データの前処理にあたってはGISのスキルも駆使されています。

目的変数の健康に関わるデータは、2003 India World Health Surveyが使われていて、回答者のGPSが付いているのが特徴です。そのため、上記識別戦略の距離を求めることができています。DHS2014-2015でもGPSデータは付いていましたが、これは執筆時点では公開されていなかったので、使えなかったのでしょう。

独立変数では、歴史資料をデジタル化、Geocode化することで、病院からの距離が計算されています。

制御変数には、Census 2011やDLHS-3の各種データが使われています。

結果

元々あった医療伝道の病院に近ければ近いほど、BMIが有意に下がっていることが示されています。ただ、因果関係か怪しい部分は残るので、相関関係として提示されています。また、BMIの他にも、身長、障害、作業の困難さ等にも悪影響があることが示されています。

チャネルとしては、現在ある病院に対するアクセスや、キリスト教への改宗の確率に影響していないことが示されています。他方、水を処理するか、病気の知識等、健康に関わる知識や慣習には影響があったことが示されています。

意見:

  • 相関関係に留まっているがJDEに掲載できていて素晴らしい

上記で述べた通り、クロスセクション・データでOLSで因果関係は主張できないです。また、IVも怪しい感じでした。

そのハンデがあるのにも関わらずJDEに掲載できていて素晴らしいですい。Robustness checkを念入りに行っていて、著者の苦労の跡が見られた論文でした。粘ればJDEの掲載も十分狙えるということで、ある意味勇気をもらいました。

  • リサーチクエスチョンやデータは素晴らしい

上記でも述べたが、リサーチクエスチョンは魅力的。布教による長期的な影響について、先行研究が多くなされていますが、経済・教育に対する影響にフォーカスしているものが多いです。健康に対する影響を見ている本論文はユニークでしょう。

データについても、野心的に大規模なデータセットを組んでいる印象がありました。

最後の一言

今回も最後まで読んでくださってありがとうございます!

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ありがとうございました。

元橋

コメント

鈴木:

JDEは因果関係の識別にかなりうるさいイメージなので、これがJDEの論文というのは少し驚きでした。 元橋さんのおっしゃるように、リサーチクエスチョンが面白いことと、いろいろな手法を用いてRobustnessを示したことが評価されたのかなとも思います。

個人的にはAbstractで「インド国内で健康指標の地域差がかなりあり、それがなぜなのかを研究する」と書いてあるのが印象的でした。 単に「過去の宣教活動と現在の健康指標の相関を見ます」というのでは全然面白くなくて、「こういう謎がありますよね。私達はそれを解明しますよ(解明しようと試みますよ)。」というスタンスをとったのがよかったのだと思います。 とはいうものの、この研究でこの謎に答えを出せたかどうかはちょっとわからないなと思いました。 1つ目の理由は結果の内生性バイアスです。 いろいろな手法を使ってこの問題を克服しようとしているものの、宣教活動をする場所の決定要因、今いる人達の移住行動などが相関関係を生み出している可能性はあると思います。 2つ目の理由は、この宣教活動が現在の健康指標の地域差をどれくらい説明しているのかが定量的に評価されていないということです。 ぱっとはどうすればいいのか私にはわかりませんが、Abstractで大風呂敷を広げた以上、得られた推定結果を使ってこの定量的評価がされていればよかったなと思います。

渋谷:

すっごく面白い論文の紹介ありがとうございます!元歴史学部の私としては、歴史資料をデジタル化したデータとかもうたまらない感じです。医療的インフラではなく、人々の習慣がチャネルという結果も興味深いですね。

私も日本でキリスト教伝導がどのように人々を影響したか是非研究してみたいです。例えば、今日における人権に関する考え方や、リスクに対する考え方等見れたら面白いなと思います。

中村:

私も鈴木さんと同感(の考えに便乗)です。でも確かにEconometric Identificationの方に偏りすぎて大まかな感じの因果関係(過去の宣教活動が現在の健康指標に与える影響)になってしまうか、それとも細かいメカニズムについて追求したいんだけど結果因果関係が曖昧になってしまう、という実証研究の恒久的な悩みな気がします。 あとは、私が個人的におもしろいなと思った関連の論文は:

  • Jedwabさんなどの似た様な研究、コンテクストはアフリカでSpatial Dynamicsなどにも目を向けている物がワーキングペーパーですがこちら
  • 私の学部時代の指導教官が書いた、植民地制度が発展に及ぼす影響を小さい島国(日本は入っていない笑)にフォーカスして、風向きを使って測定した物がこちら

文献:

Calvi, R., & Mantovanelli, F. G. (2018). Long-term effects of access to health care: Medical missions in colonial India. Journal of Development Economics, 135, 285-303. Feyrer, J., & Sacerdote, B. (2009). Colonialism and modern income: islands as natural experiments. The Review of Economics and Statistics, 91(2), 245-262. Jedwab, R., Meier zu Selhausen, F., & Moradi, A. (2018). The economics of missionary expansion: evidence from Africa and implications for development.

Written on January 18, 2021